弾劾裁判の歴史

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弾劾制度は、古くは14世紀のイギリスにその端緒がみられる制度といわれており、特に17世紀になって以降、王党派に属する高官らの横暴を、議会に集まった反王党派が断罪するのに用いられました。のちには国王にまで弾劾が及び、クロムウェルの指揮する議会軍に敗れたチャールズ1世が処刑されたのは周知のとおりです。
その後、1787年にアメリカ合衆国憲法が制定されるにあたり、暗殺などの不穏当な方法以外で、犯罪を犯した政府高官らを罷免するための手法として、この弾劾制度が採り入れられ、各国に広まりました。現在でも第4条に弾劾の規定が置かれており、大統領、副大統領をはじめとするすべての文官は、反逆罪、収賄罪その他の罪で弾劾の訴追を受け、判決で有罪となった場合には、その職を解かれることとされています。
いっぽう、戦後の日本においても、裁判官についてはその良心に従って裁判を行い、原則として意に反して罷免されることはないという手厚い身分保障が設けられる一方で、違法行為やその他の非違行為があった裁判官については、弾劾裁判が行われることとなりました。わが国の場合、国会議員によって構成される裁判官訴追委員会によって裁判官の訴追が行われた後、臨時で設置される弾劾裁判所で罷免するかどうかを審理する制度となっています。gf1940072417l